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札幌高等裁判所 平成9年(行コ)1号 判決 1998年5月26日

控訴人

成田博子

右訴訟代理人弁護士

藤原修身

浅井俊雄

被控訴人

地方公務員災害補償基金北海道支部長

堀達也

右訴訟代理人弁護士

山根喬

伊藤隆道

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が控訴人に対し、平成元年一〇月三〇日付けでした地方公務員災害補償法による通勤災害非該当認定処分を取り消す。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実および理由」第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決一〇頁四行目の末尾に続けて「なお、本件車両の前輪のタイヤが左方向を向いていたのは、本件車両が相手車両との衝突の衝撃で相手車両に押されて向きを変えたか、あるいは、本件車両の歩道乗り上げ時の衝撃又は縁石とタイヤの摩擦などによるものである。」を加え、一〇行目の「考えらない」を「考えられない」に改める。

2  同一一頁二行目の末尾に続けて「本件車両の道路縁石への衝突の際に成田同の受けた衝撃は、タイヤ、ホイール、サスペンション、床板、座席シートの損傷・変形などにより緩和されている。」を加える。

二  当審における主張

1  控訴人

地方公務員災害補償法は、地方公務員の災害または通勤による災害に対する補償の迅速かつ公正な実施を図るため、地方公共団体に代って補償を行う基金の制度を設け、「地方公務員及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」を目的としている(一条)。したがって、地方公務員災害補償法の趣旨目的からすると、成田同のように、時間外勤務までしての帰宅途上で不幸にも死亡するに至った場合には、可能な限り「通勤により死亡した場合」(三一条)に該当するものと認め、遺族補償などが受けられるように解釈適用し、被災者の遺族の権利利益が保護されるべきである。殊に、本件の場合、成田同の任命権者であった芦別市長が通勤災害該当と認めているのであるから、なおさらのことといえる(一条、四五条二項)。

このような観点からすれば、成田同が「通勤により死亡した」と認めるには、死亡と通勤との間に相当因果関係のあることを要し、かつ、控訴人側がその立証責任を負うとしても、立証責任の軽減ないし実質的な転換が考慮される必要がある。

2  被控訴人

地方公務員災害補償法における通勤災害とは、通勤がなければ当該災害も被らなかったであろうという条件関係を前提に、通勤と当該災害との間に相当因果関係が存在しなければならず(通勤起因性)、この通勤起因性については、控訴人側に立証責任があって、立証責任の軽減ないし実質的な転換が考慮されるべきではない。このことは、控訴人が主張する「成田同のように、時間外勤務までしての帰宅途上で不幸にも死亡するに至った場合」でも何ら異なることはなく、同人の「通勤による死亡」についての立証責任は控訴人側にある。

第三  争点に対する判断

一  原判決第二の一の争いのない事実並びに後に掲記する証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故前の成田同の稼働及び健康状態など

成田同(昭和一一年一月二五日生)は、芦別市建設部都市計画課事業係に技師として勤務していたが、平成元年四月一四日(金曜日)から一九日(水曜日)までの六日間は、同月一七日及び一八日に札幌市への一泊の出張があったほか、土曜日及び日曜日を含めて連日時間外勤務が続いて疲労を抱え、本件事故当日の同月一九日には風邪のため藤島医院に通院して投薬を受け、眠気を催す成分を含む風邪薬を服用していた。

(甲二〇、二五、二六、三七、四七、乙二五、控訴人本人)

2  本件交差点までの経路、現場の状況など

(一) 本件交差点は、成田同の通常の通勤経路上にあり、成田同は、昭和五〇年以来、この経路を自動車で通勤していた。

(二) 本件車両が走行していた道路は、芦別市役所を出て右折してから本件交差点まで約七〇〇メートルの直線道路であり、本件交差点において、相手車両の進行方向に向かって左側から、相手車両が走行していた国道三八号線と約三〇度の角度をもって鋭角的に交差して合流している。

(三) 成田同の進行方向からの本件交差点の見通しは良く、本件交差点において対面する信号機は一つである。成田同の進行方向からは、本件交差点手前の停止線付近で、ようやく相手車両の進行方向に対面する国道三八号線の信号機を認識することができたが、本件交差点に進入しない限り、その他の信号機を認識することはできなかった。

(右(一)ないし(三)の事実につき、甲一二、三一、三二、四八の3〜10、乙一二、二六)

3  本件事故の態様、各車両の状況など

(一) 本件車両が、本件交差点に至るまでの間に、蛇行運転等の異常な走行をした様子は見られなかったが、本件車両は、本件交差点の手前で速度を落とすことなく、真っ直ぐに本件交差点に進入し、時速約三〇キロメートルで進行していた相手車両の左後部ドアに本件車両の右側面先端部を衝突させた。

その直後に、本件車両は、方向を急激に左に変えて道路脇の歩道の縁石に左前輪部を衝突させ、その直後、左前輪を歩道に乗り上げ、右前輪を歩道の縁石に止められる状態で停止し、本件車両の右前輪は、左方向へ約二〇度(ハンドル角にして約一回転に相当する。甲六二)転把された状態で停止した。なお、本件車両の走行車線上の衝突地点付近には、ブレーキ痕等はなかった。

(二) 本件車両の右側面先端部には、後方から前方へ押し出されたような形の比較的軽微な凹損が生じており、車室の変形はなかったが、助手席側の床が抜けて透き間があき、左前輪はタイヤがパンクしてホイールが変形し、ドライブシャフトが脱落するなど、車内内部に大きな損傷が見られた。

相手車両の左後部ドアには凹損が生じた(本件車両を引きずった痕跡はなかった。甲二三)が、運転者である五島智美は負傷しなかった。

(右(一)、(二)の事実につき、甲九、一〇、一二、二三、四三の1、六〇の1〜8、六二、乙二の24、二六)

4  本件事故直後の成田同の状況など

(一) 成田同は、本件事故直後、本件車両の運転席に腰を下ろし、助手席側に上体を倒した姿勢で、全身をけいれんするように小刻みに震わせており、手を上げるとか顔を上げるなどの動作をすることはなく、目は両方とも白眼をむいている状態であった。

(二) 同日午後八時一八分、救急車が現場に到着した際、成田同の身体に外傷は認められなかったが、その顔面は蒼白で意識はなく、既に呼吸も脈拍もなかった。

(三) 同日午後八時二五分、成田同は市立芦別病院に収容されたが、同病院の小笠原実医師の診察を受けた午後八時二七分には、瞳孔が拡大し、呼吸停止及び心停止の状態にあり、点滴と心マッサージを受けても蘇生することができなかった。小笠原医師は、本件事故が発生した午後八時一〇分ころを死亡時刻とし、死亡の原因を外因性ショック(即死)と診断した。

(右(一)ないし(三)の事実につき、甲一四、一七、二一、乙八の1・2、一二〜一四、一六〜一八)

5  成田同の素因など

(一) 成田同は、昭和五四年に芦別市が実施した職員健康診断により血圧が高いことを指摘され(最高一六〇、最低一〇六)、市立芦別病院で降圧剤の投薬を受けて服用するようになった。

その後、成田同は、昭和六二年九月三〇日実施の昭和六二年度成人病健診では「要指導」の「B」、同年一〇月二六日実施の血圧再検査結果では「健康相談勧奨」、昭和六三年一〇月五日実施の一次診査では「治療中」の「E」、同年一一月一日実施の二次診査では「要医療」の「C」の判定を受け、その間、昭和六一年四月二五日からは藤島医院に通院し降圧剤の投薬を受けて、毎日降圧剤の服用を続けていた。なお、成田同の本件事故当日の血圧は、最高一六四、最低九六であった。

(二) 高血圧を重要な原因とする病気として高血圧性脳出血があり、脳出血は高血圧によるものが圧倒的に多い。高血圧性脳出血は、四〇歳から五〇歳代の働き盛りの人に最も多く出現する。

脳出血が起こった場合、気分が悪くなって頭痛、めまい、嘔吐などが現われ、重症の場合は深い昏睡状態に陥ることもある。また、全身にけいれんの起こることがあり、それが収まらずに続くときには致命的となる危険がある。このほか、両側の眼球が右か左に向いていることがよくある。

(右(一)、(二)につき、甲一四、一八〜二〇、三三〜三六、三九、四七、五六、乙二一〜二三、証人阿部弘、同上野満雄、控訴人本人)

(三) 脳幹部は、大脳と脊髄のつなぎ目の部分にあって、生命維持の中枢部である呼吸中枢及び心臓中枢が存在するが、衝撃や外力の影響を受けやすいとされている。脳幹部挫傷とは、脳幹部が衝撃や外力によって、物理的に破壊された状態をいい、出血のみならず、断裂、離断、変形など様々な組織破壊が瞬間的に起きることが多く、頭部外傷の中では、即死の場合が多いとされている。(甲四七)

二  右一の事実を前提として、成田同の死亡と通勤起因性について判断する。

1  成田同の直接の死因について

(一) 成田同は、本件事故直後において、呼吸停止及び心停止により即死に近い状態で死亡したこと、呼吸中枢及び心臓中枢が脳幹部に存在することなどからすれば、成田同は、本件事故の直前又は直後ころ、脳幹部に致命的な異変を来して死亡したものと推認することができる。

(二) 証拠(乙二〇、証人阿部)には、本件事故において即死に近い状態で死亡した原因として、心筋梗塞を想定することもできるとする部分があるが、成田同には、生前、心電図検査などにおいて、心筋梗塞等の心臓疾患を疑わせる異常所見はなかったものと認められる(甲一二、五八、証人上野)のであって、右証拠は採用することができない。

なお、証拠(乙二九、三〇の1〜3)によれば、高血圧症や心臓病などの既往歴を有する者が自動車運転中に突然死した事例が報告されていることが認められるが、この事実は前記の認定を左右するに足りるものではなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件事故の原因について

(一)(1) 本件車両は、右前輪が左方向に約二〇度(ハンドル角にして約一回転に相当する。)転把された状態で停止したことは、前記のとおりである。

前記一の事実及び証拠(甲四三の1、五九、六二、六九)によれば、① 本件車両は、直進状態で本件交差点に進入したところ、相手車両とは比較的浅い角度で接触に近い形で衝突したもので、それぞれの衝突部の破損状況は、比較的軽度でかつ限定されており、相手車両と衝突時の衝撃もさほど大きなものではなかったにもかかわらず、本件車両は、衝突直後、急激に左方向に向きを変えたこと、② 北海道自動車短期大学助教授林一元らが昭和六二年ころ実車を使用した追突による被追突車への影響の調査報告(甲五九)では、追突速度が時速約二二〜二三キロメートルの場合、被追突車の前輪が追突の衝撃によって向きを変えることがなかったとの実験例が報告されていること、③ 本件車両が歩道縁石に接触又は乗り上げた際には、左前輪には右方向への回転力が与えられるので、左前輪が左に切り込まれる可能性はなく、かえって右方向に戻される可能性が高いこと(甲六二、六九)が認められる。

右の事実によれば、本件車両の前輪は、左転把されたことによって前記のような状態になったものであり、したがって、反応時間及び作動時間並びに衝突から縁石に衝突するまでの時間が短時間であると認められる(甲九、一〇)ことを考慮すれば、本件事故の直前ころには、成田同が左転把する必要を認め、その動作に入ったものと推認することができる。右の事実に、本件交差点の直前まで、本件車両には運転者に異常が発生したことを窺わせるような走行状態が見られなかったことを合わせると、成田同が本件事故直前に高度の意識障害に陥っていたものとはいえないというべきである。

(2) 被控訴人は、本件事故直後の本件車両の前輪が左方向を向いたのは、本件車両が相手車両との衝突の衝撃で相手車両に押されて向きを変えたか、あるいは、本件車両の歩道乗り上げ時の衝撃又は縁石とタイヤの摩擦などによるものである旨主張する。

しかしながら、右はいずれも推測にとどまるものであり、客観的な裏付けを伴うものではなく、甲六二、六九に照らして、右の主張を採用することはできない。そして、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 右(一)(1)及び前記一の事実を総合すれば、成田同は、芦別市役所を出発して間もなく、通い慣れた本件交差点に差し掛かり、対面信号が赤であったにもかかわらず速度を落とすことなく進入し、左転把した直後ころに相手車両と衝突したことになる。しかし、成田同が、本件事故前の平成元年四月一四日から同月一九日までの六日間に、土曜日及び日曜日を含めて連日時間外勤務が続いて疲労を抱え、本件事故当日には風邪のため通院して投薬を受け、眠気を催す成分を含む風邪薬を服用していたなどの身体的、精神的状況等を考慮すると、成田同が対面する赤信号を見落として本件交差点に進入した可能性も十分あるものということできるのであって、同人が意識障害に陥っていない限り、前記のような運転をすることはあり得ないということはできない。

3  脳幹部挫傷の可能性について

(一)(1) 本件車両は、相手車両と衝突した直後に、左方向への急激な回転運動を伴って、歩道の縁石に衝突して乗り上げ、その際に助手席側の床の破損、左前輪タイヤのパンク、同ホイールの変形、ドライブシャフトの折損等の車体内部の損傷が発生したことは、前記のとおりである。

証拠(甲五九、六二、六九、証人上野)及び弁論の全趣旨によれば、① サスペンションは、本来路面からの衝撃振動を吸収し、それらを緩和する役割を果たすが、本件事故のように縁石接触又は乗り上げなどの瞬間的な衝撃を吸収できる構造とはなっていないところ、サスペンションが衝撃を吸収しなかったことを前提とした上、本件車両の縁石乗り上げ時の左サスペンションに働いた上下方向の衝撃力(加速度)を計算すると、時速三〇キロメートルで約四〇G、時速四〇キロメートルで約七二Gとなること(甲六二)、② タイヤ及びサスペンションを経て、車体に外力が及ぶ場合、車体全体の一時的なねじり変形として外力が吸収され、その後、車体が元の形に復元するため、外見上、車体の変形が残らなかったとしても、必ずしも衝撃の程度が軽度であったとはいえないこと(甲六二)、③ 前記の林助教授の実車を使用した追突による被追突車への影響の調査報告では、シートベルトを装着した乗員の前後加速度が車体自体に加わった前後加速度に比べて減じたことはなく、かえって、これを上回ったこと(なお、林助教授は、上下加速度についても、同様に判断すべきであろうとしている。甲五九、甲六二)、④ なお、外傷がない場合でも、約二〇G以上の外力が頭部に働くことにより脳幹部挫傷などが発症することがありうるとされていること(甲五八、証人上野)が認められる。

右の事実によれば、本件車両が縁石に衝突し乗り上げた際の衝撃の程度は、相手車両と衝突した際の衝撃と比較して相当大きな衝撃であり、車体の損傷、変形などによる衝撃力の吸収を考慮に入れても、成田同の頭部などに脳幹部挫傷などが発生する約二〇G以上の外力が加わった可能性が存したものと推認することができる。

(2) 被控訴人は、車室に変形が生じなかったこと、成田同がシートベルトを装着し、本件事故後も運転席に腰を下ろした位置にとどまっており、身体にも外傷が認められなかったこと、本件車両の道路縁石への衝突の際に成田同の受けた衝撃は、タイヤ、ホイール、サスペンション、床板、座席シートの損傷・変形などにより緩和されたことなどから、成田同の頭部に対する衝撃が脳幹部挫傷を発症させるほどの強度なものであったとは考えられない旨主張し、証拠(乙六、三一)には、これに沿う部分がある。

しかしながら、右(1)に認定説示した点のほか、成田同に外傷がなかったのは、シートベルトを装着し上半身が固定されていたことによる可能性が高く(なお、シートベルトは、乗員頭部などに対する衝撃の緩衝装置ではない。甲六二、六九、弁論の全趣旨)、外傷がなかったことから、直ちに衝撃の程度が軽度であったとはいえないこと、乙六の記載は、必ずしも具体的な根拠に基づくものではないこと、乙三一には、本件車両の道路縁石への衝突時の成田同に対する衝撃力が、前後・上下方向いずれも五G以下であったと推定する部分があるが、具体的な計算根拠などが明らかではないことなどの事情に加え、反対趣旨の証拠(甲四三の1、五九、六二、六九)に照らすと、前記の証拠はいずれも採用することができないというべきである。そして、他に右(1)の認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)(1) 右(一)の本件車両が縁石に衝突し乗り上げた際の衝撃の程度、本件事故直後の極めて短時間に、成田同の生命兆候(呼吸、心臓機能)が停止し、同人がほぼ即死に近い状態で死亡したこと、脳幹部挫傷発症の一般的機序などからすれば、成田同は、本件事故により脳幹部挫傷の傷害を負った可能性が高いものと推認することができる。

証拠(乙二〇、証人阿部)には、成田同の身体に外傷が見られず、強い外力が頭部に及んでいないことなどから、成田同に脳幹部挫傷が発生したことを否定する部分があるが、既に認定説示した本件車両の道路縁石衝突及び乗り上げ時の成田同に対する衝撃の程度などに照らせば、右証拠は、その前提を欠くものというべきであって、採用することができない。

(2) 被控訴人は、本件交差点に進入する以前に、成田同に脳幹出血、脳幹梗塞などの病的疾患が発症し、これを原因として死亡した旨主張し、証拠(乙二〇、証人阿部)には、これに沿う部分がある。

確かに、成田同は、長期間にわたり高血圧症を患っており、脳出血を発症する素因を有していたものということができる。しかしながら、既に認定説示した点のほか、① 本件事故直前の成田同が高度の意識障害に陥っていたものとはいえないこと、② 成田同は、高血圧症であったとはいえ、その症状・程度は重篤なものではなく、高血圧症の投薬治療も受けていたのであり、本件事故当日も最高血圧一六四、最低血圧九六であったこと、③ 上野満雄医師は、病的な脳幹出血において、一〇分以内といった短時間で発症後生命兆候が停止する可能性は極めて低いとしている(甲四七、証人上野)ところ、このことは、秋田県立脳血管研究所脳神経外科に所属する医師の臨床報告例(甲五八、証人上野)により裏付けられること(なお、証拠《乙二〇、証人阿部》には、脳幹部に急激な大量の出血があったとすれば短時間で死亡することも考えられるとする部分があるが、これを裏付ける臨床報告等の資料はなく、直ちに採用することができない。)、④ 脳幹梗塞の場合には、一般に発症後死亡までの時間が脳幹出血の場合よりさらに長いものとされていること(証人上野)、⑤ 本件事故直後の成田同の身体状況が脳出血を起こした際の症状に比較的合致している面もあるが、右の症状から直ちに脳出血が発症したものと判断することはできないこと(証人阿部、弁論の全趣旨)、以上の事実に照らせば、被控訴人の右主張に沿う証拠は、採用することができない。そして、他に前記の認定を左右するに足りる証拠はない。

4  結論

訴訟上の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実の存在を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁判所平成九年二月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一八一号三九五頁)ところ、以上に認定説示した点を総合すれば、他に本件事故以前に成田同に意識障害が生じたことを窺わせる確たる事情の認められない本件においては、成田同は、通勤途上において遭遇した本件事故によって被った脳幹部損傷により死亡したものと認めるのが相当であり、これは通勤に通常伴う危険が具体化したものというべきであるから、成田同の死亡について通勤起因性を認めるのが相当である。

したがって、成田同の死亡が通勤に起因するものではないとして、通勤災害非該当と認定した本件処分は違法であり、控訴人の本件不許可処分の取消しを求める訴えは理由がある。

よって、右と結論を異にする原判決は相当でないから、これを取り消した上、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官瀨戸正義 裁判官土屋靖之 裁判官小野博道は転補のため署名押印をすることができない。 裁判長裁判官瀨戸正義)

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